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映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』レビュー:ライアン・ゴズリング主演の宇宙バディムービーが炸裂

エンターテインメント ✍️ Marcus Webb 🕒 2026-03-15 00:20 🔥 閲覧数: 1
Project Hail Mary Movie Scene with Ryan Gosling

率直に言おう。制作費2億ドル超、上映時間2時間36分のSF超大作を観に行くとなれば、ある程度の予想はできてしまうものだ。VFXのスペクタクル、IMAXの壮大さ、そして宇宙の孤独。『ゼロ・グラビティ』から『インターセプション』まで、宇宙はいつも冷たく、静かな場所として描かれてきた。

しかし、まさか映画館を出るときに、新しく覚えた3ステップの言語で友人とタッチしたくなるとは思わないだろう。ましてや、音楽の音符だけでコミュニケーションをとる、五本足の岩石のような生き物に心を奪われるなんて。だが、それが現実だ。『レゴ®ムービー』や『スパイダーマン:スパイダーバース』の鬼才、フィル・ロード&クリストファー・ミラー監督最新作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、単なるサバイバル映画ではない。今年最も予想外で、そして最も抗いがたいバディ・コメディなのだ。

3月20日にNZで公開される本作で、ライアン・ゴズリングが演じるのは、高校の理科教師ライランド・グレース。彼は地球から何光年も離れた宇宙船で人工昏睡状態から目覚める。混乱し、無精ひげを生やした彼は、なぜ自分がここにいるのか、なぜ2人のクルーが死んでいるのか、まったく記憶がない。巧みに配置されたフラッシュバックとともに記憶がゆっくりとつながっていくにつれ、恐ろしい真実が明らかになる。太陽が死にかけているのだ。原因は未知の宇宙微生物で、そのせいで太陽のエネルギーが弱まっている。グレースは優秀ながらも学界では異端児扱いの分子生物学者であり、人類最後の希望として送り込まれたのだ。彼こそが「ヘイル・メアリー(最後の切り札)」なのである。

ゴズリング効果:宇宙飛行士に「ちょっと抜けてる」部分を注入

『バービー』を観た人なら、ゴズリングのコメディセンスが抜群であることはご存知だろう。本作ではそれが存分に発揮されている。ある瞬間は世界を救うための計算をしているかと思えば、次の瞬間にはパニックになり、「宇宙飛行士」を自称しながらも「ちょっと抜けてる」部分を強調するなど、完全にアドリブと思われるシーンもある。監督たちは、ゴズリングにゴズリングらしさを全開にさせている。少し間が抜けて自虐的な魅力の裏に、鋭敏で孤独な知性を隠し持つ、そのキャラクターを。ロード&ミラー監督は、「宇宙がどんなに寒いか」ではなく、「地球で孤独を感じていた男が宇宙で友達を作る」話を描きたかったという。そのコンセプトは、ゴズリングの存在によって完璧に着地している。彼は孤独を親しみやすく感じさせ、科学的なブレイクスルーは真の勝利のように思わせるのだ。

彼と対峙するのは、『落下の解剖学』のザンドラ・ヒュラー。彼女が演じるのは、現実的で非情なタスクフォースのリーダー、エヴァ・ストラットだ。ヒュラーは、冷酷な官僚でありながらも、厳しい決断を躊躇なく下す女性に、魅力的な人間性を吹き込む。そして、その冷徹な外見の下に人間がいることを決して忘れさせない。彼女たちとのフラッシュバックのシーンは、宇宙規模の緊張感を、非常にリアルで地上的なプレッシャーに根付かせている。

登場、ロッキー:真の主役

しかし、この作品の真のスターについて語ろう。物語の中盤、グレースは自分だけが宇宙にいるわけではないことに気づく。エリッドという惑星から来た別の宇宙船が、同じミッションで飛来していたのだ。その唯一の乗員は、グレースが「ロッキー」と名付ける生き物。ここでロード&ミラー監督は魔法のような技を繰り出す。CGIのぼやけた存在ではなく、ロッキーは実物のパペットとして、パフォーマーのジェームズ・オルティスによって命を吹き込まれている。五本の腕を持ち、その体はまるでアリゾナの風景の一部のように親しみやすく、音楽的なトーンでコミュニケーションをとる。その音はグレースのコンピューターによって、シンプルで子供のようなフレーズに翻訳される。

断言しよう、あなたはこの岩石のような生物を好きになる。グレースとロッキーの関係性こそが、この映画の心臓部だ。異なる世界から来た二人の科学者は、大気の互換性の問題で物理的に同じ部屋にいることはできない。それでも彼らは、相互の好奇心と、ひたむきで絶望的な希望によって絆を築いていく。ロッキーが自分の考えを「歌い」、グレースとのタッチの仕方を学ぶ瞬間は、純粋で、シニシズムとは無縁の喜びに満ちている。これこそ、私たちが映画を観る理由を思い出させてくれるような瞬間だ。

グリーンバックを使わない視覚的な饗宴

さて、映像面について一言。監督たちが「グリーンバックは使わなかった」と発言したことで、ネット上でちょっとした騒ぎになったのを覚えているだろうか?彼らは後に発言を修正しているが、確かにILMやフレームストアによる数千ものVFXショットは存在する。しかし重要なのは、宇宙船「ヘイル・メアリー」を実物大で建造したことだ。セットは実物である。ロッキーもセットにいた。つまり、照明は本物であり、ゴズリングのバイザーに映る反射も本物であり、役者たちの演技も実際に存在するものに反応している。その結果、映画は重厚感と没入感に満ち、まるで手を伸ばせば触れられそうな宇宙が広がっている。現代の多くの大作映画に見られる、磨き上げられ無機質なビジュアルとは一線を画している。

スケールは壮大だが、物語は小規模で個人的なものにとどまっている。本質的には、男と彼の新しい宇宙人の相棒が、それぞれの文明を救おうとする二人芝居なのだ。アンディ・ウィアーの原作小説のファンなら、この映画化は見事に洗練された勝利作だと言えるだろう。脚本家のドリュー・ゴダードは『オデッセイ』も手がけており、ハードな科学の詳細に埋没することなく、感情の核に焦点を当てて、何を残し何を削るかを正確に見極めている。

もう少し…そう、何もかもが詰まったSFが好きな人には、この作品がぴったりだ。デニス・E・テイラーの『ウィー・アー・レギオン(ウィー・アー・ボブ)』シリーズのように、自己複製して銀河を探検する自我を持つAIが登場する楽観的な問題解決の雰囲気を思い起こさせる。もし冷戦時代の宇宙開発競争の緊張感のほうが好みなら、クリス・ハドフィールドの『アポロ・マーダーズ』は、『ヘイル・メアリー』の温かみに対して、より荒々しいスリラー的な対照をなすだろう。しかし、純粋に心が高鳴るスペクタクルという点では、この映画は別格だ。

なぜ映画館で観るべきなのか

この作品は、配信を待つべき映画ではない。可能な限り最大のスクリーンで、最高の音響で観るに値する。監督たちは、クラシックでありながらもまったく新しいものを感じさせる作品を創り上げた。『2001年宇宙の旅』の畏敬の念と、『E.T.』の温かさを併せ持っている。

  • 音響デザイン: ダニエル・ペンバートンのスコアは美しく壮大だが、ロッキーの船の音、彼の言語の振動…それらが信じられないほど素晴らしい。
  • グリーグ・フレイザーの撮影: 『DUNE/デューン 砂の惑星』の撮影監督は、宇宙を広大に見せる術を知っており、グレースと彼のコンピューター(声:プリヤ・カンサラ)との親密な瞬間も同様に雄大に描いている。
  • 実物の特殊効果: あの宇宙船、あのエイリアン。その動きをこの目で確かめてほしい。

私は、楽しめればいいなと思って観に行った。そして、完全に心を掴まれて帰ってきた。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、大作映画がスマートで、面白く、そして心から感動的であり得ることを思い出させてくれる。協力の力、科学的発見の素晴らしさ、そしてたとえ太陽が死にかけていても、それを乗り越える手助けをしてくれる友人ができるという事実を描いた作品だ。まさに、アメージズ・アメージズ・アメージズ(すごい、すごい、すごい!)だ。